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もう1度知っておきたい!中国内陸部と沿海部の経済格差、その理由

中国では沿海部(沿岸部)の都市を中心に経済発展が進み、内陸部の農村との間で経済格差が拡大しています。同じ国でありながら、どうしてここまで大きな差が生まれたのでしょうか。
今回は経済格差が生まれた理由と、その対策を見てみましょう。

 

発展の原動力である「改革開放」

中国では1970年代末から、社会主義体制を維持しながらも市場経済を導入しようとする「経済改革・対外開放政策(改革開放)」に踏み切りました。この政策は、外国資本や外国企業の進んだ技術の導入を目的として、1980年代に中国の実質的な指導者だった鄧小平(とう・しょうへい)が強力に推進した政策です。

「改革解放」の旗印のもと、中国南東の沿海部の広東省や海南省に「経済特区」や「経済技術開発区」を設定して税制面などで優遇措置を取ったことで、ヨーロッパに本拠を置く外国企業を中心として投資が集中するようになりました。

外国企業にとっても、政治体制こそ相容れないものの、希少資源が豊富に産出する上に13億人という巨大な市場が未開拓のままであった中国は魅力的な市場であったため、積極的に「経済特区」や「経済技術開発区」に対して投資を行いました。

「改革開放」により主要国の先端技術を導入することに成功した中国の重工業は、その成果によって2000年前後から急速に発展をしていきます。輸出入に便利な沿海部の「経済特区」や「経済技術開発区」近辺の沿海部を中心として、急速な発展を成し遂げ、沿海部の富裕層は、世界中のブランド品を購入したり、中国国外の不動産に巨額の投資をするほどの資産を手に入れています。

「改革解放」に取り残される内陸農村部

急速に発展する中国沿海部の諸都市とは裏腹に、「改革解放」のように実効性のある経済政策が行われなかった内陸部の農村地帯は、沿海部の経済発展に取り残されていきます。

農業の他に雇用の機会も少ない中国内陸部の農村では、農業だけでは豊かになる収入を得ることが難しかったため、多くの労働人口が工業労働者として沿海部の都市へと流出するようになります。このような農村から都市への出稼ぎ労働者を週50時間労働の月収600元(日本円に換算して約1万1千円程度)という都市部住人よりも低賃金で雇うことで、中国は「世界の工場」とよばれるまでに成長しました。

一方で労働人口が都市に流出した農村には、高齢者や子どもたちばかりが取り残され、沿海部の都市と内陸部の農村の経済格差が急速に拡大していることが近年の大きな社会問題となっています。

1970年代以降の改革・開放政策にともなって、沿海部に設定した「経済特区」を中心として外国資本を集中することで沿海部は経済発展が進んだものの、その効果が農村にまで波及していないことが大きな問題なのです。

内陸版「改革開放」である「西部大開発」

中国政府内部でも地域によって経済発展の度合いに大きな差があることは認識しているため、近年では沿海部の都市と内陸部の農村の間にある経済格差を解消することを目指して「西部大開発」というプロジェクトを強力に推進しています。

「西部大開発」の内容は、「改革開放政策」の内陸版とでもいうべき内容であり、内陸に位置する12の省・市・自治区を西部地域として指定し、鉄道・道路・空港や工業団地などのインフラ整備を主体としつつ、西部にある豊富なエネルギー資源を開発して沿海部へ供給しようとするものです。

「西部大開発」により内陸部にも雇用の機会が生まれたり、賃金の急騰などを理由として沿海部にあった工場が人件費の安い内陸部へ移転するような例も出てきています。

おわりに

このように沿海部と内陸部では経済的に大きな不均衡が生まれているため、近年暴動が頻発する原因の1つとも言われ、中国政府も本格的に対策に取り組み始めています。